また悪夢をみた。今度は前回みたいな戦争系の夢じゃなくて、リアルな悪夢。休職している今の職場の苦手な人と仕事で揉める夢。そこから横浜出張に遅刻する夢。起きて、あー、ヤな夢だったなー、と思って寝直して、十二時に起きた。まだ眠かった。家に食べるものが何もなくてウーバーイーツをしようかとアプリを開いたり閉じたりして、やっぱりやめた。重たいからだをなんとか起こして、着の身着のままで近所のドラッグストアへ。卵を2パック、冷凍の焼きおにぎり、納豆もろもろを買った。水を買うのを忘れた。昼はドラッグストアで買ったカレーパンを食べた。
19時上映の映画を観るために出かける。
外に出るともうすっかり秋だった。夕方でもちゃんと涼しい。
お気に入りの個人書店に立ち寄る。本を買うのを控えていたのに三冊も買ってしまった。映画の時間までまだ余裕があったので、腹ごしらえをする。素通りした焼き鳥屋さんが気になって入ってみる。茄子を揚げ焼きにしたのと、こころ、ねぎみ、つくねを一本ずつ。それとビール。
19時。「石がある」という映画を観た。20代の女性と30代の男性が川で出会い、交流し、別れる話。簡潔に書くとこんな感じだが、二人の間には常にぎこちなさがあり、決して居心地の良い映画とは言えない。セリフは少なく、ただ一人と一人が交流し、また別れる様を二時間観ていた。互いは名乗らない。名乗らないまま交流する。そのぎこちなさは、身に覚えがあるもので、そのリアルさが観客にも伝わってくる。最初は女性の方にカメラが向き、まるで女性が主人公のようにも思えるが、男性側にもカメラが向いた時、女性は男性からみた他者であることが浮き彫りになる。そのとき、自分はその人から見た他者になること、他者であることを観客は自覚させられる。私は誰かにとっての他者である。他者であること孤独、その輪郭が浮きあがってくるような映画だった。チラシのキャッチコピーが印象的だった。
『あなたの名前を これからも知らない』
観終わったあと、パンフレットを買った。
どうしても感想をすぐにまとめたくて、あとお酒が飲みたくなって、近くの立ち飲み屋へ入る。ワインを2杯ほど飲んで、誰とも喋らないまま映画の感想をスマホへ打ち込んだ。ここに書き切れないほどの感想を一気に書いて、ああこの映画はいい映画だったな、と思った。
普通電車に乗ってパンフレットを読んだ。乗り換えの駅で降りて、夜風に当たりながら、映画のことを思い出しながら、歩いて帰った。